横浜までの単身引っ越しを懐かしんじゃいました

今年結婚して10年のお祝いをしたのですが、昔の写真を見ていて引っ越しの時の一枚が出てきました。職場を寿退社して、鹿児島から横浜までの単身引っ越しを準備していたときの写真でした。ダンボールが山積みなのに、どうしてか後ろにまだまだ荷物がいっぱいあるんです。笑ってしまいました。

昔から引っ越しの準備が苦手で、この時が初めてすべてを自分で決めた単身引っ越しだったのでドキドキでした。なぜ鹿児島から横浜?と思うでしょう。実は遠距離恋愛だったんです。 はじめての都会、横浜での暮らしのいろんなことを想像しながらの引っ越し準備なものだから、ぼーっとしていてなかなか進まないんですね。

それで彼とそんな話をしていたら、なんと翌日突然休みを取って来てくれたんです。当時から心配させていたということですかね。 彼の心配した通り、なかなか荷物がまとまらずギリギリ全部をまとめ終わったのは引っ越し前日の夜でした。

単身引っ越し用に頼んだトラックでは明らかに入りきらない量のダンボール…。結局ダンボールの一部は日付指定で宅配便で引越し先に送ることになりました。 単身引っ越しという単純なくくりの思い込みで自分の荷物量を考えていなかったのもいけなかったですね。でも、彼が来てくれてよかった。そのタイミングでとった写真なんです。

若いからあっという間にできましたけど、これ一週間もない準備期間でやってるんですよね。いや~今だったら準備期間をしっかり取りますけどね。 あの引越しの後、結局横浜には2年しか住めなかったのですが、夫婦で夜のデートをよく楽しみました。それ以来ドラマの中に横浜の風景が出てくるのがとっても懐かしくてうれしいです。

横浜へ単身引越した経験談

私は今まで、川崎市に住んでいいましたが、川崎市の中でも上のほうであったため仕事の勤務地が変更になった横浜にはどうしても通勤時間がかかってしまいました。そこで横浜に単身引越しをすることに決めました。 実際に単身引越しは初めてのため、とても戸惑う事が多かったです。

まずは、単身引越しをする際の荷物がとても多かったため何を捨てればいいのかを考えられされました。長い間住んでいたため今まで、必要と思って買ったものでもいらない物がとても多く、一回しか使わなくても捨ててしまうものがあり、とてももったいない気がしました。 次に新しい横浜という土地に単身引っ越しした時に周りの環境に慣れることでした。

川崎の中でも自然の多く囲まれていたため、横浜のビル街の近くだったため自分でも人が多すぎて気持ち悪くならないかなと心配していました。しかし、人ごみが多いのは昼間のため夜は意外にも人ごみが多くはなく、静かだったため一番楽でした。

最後に環境の変化で大変だったものがゴミだしでした。川崎市は工業地帯ということもあり、一応プラスティックの分別は推進しているものの強制ではなかったです。しかし、横浜市は完璧に分けないとゴミをもっていてくれません。これはプラスティックの時に燃えるゴミが入ってる時だけでもなく、あきらかに燃えているゴミの中にプラスティックが見えていたりなどしていると、確実にもっていかれませんでした。

最初は面倒くさいと思いつつも、今では環境のためにも横浜のルールを守って分別しています。 このように横浜への単身引越しは慣れなくて、怖いと思っていましたが、住んでみると周りに便利なお店などもたくさんあるためとても住み心地が良く、今では立派な横浜市民です。

上京して東京の大田区に引越しました

私は北海道の札幌市出身ですが、東京の大学に入学するために上京しました。 東京に関する知識は全く無かったため、どこに住もうかかなり迷いました。 結局は大学に近いという理由で大田区の蒲田に、アパートを借りることになり引越ししました。

大田区の蒲田を選んだのは大学が近かったことだけではなく、なんとなく馴染みやすい街だと感じたからです。 北海道出身の私にとっては、東京は未知なる世界だったため、雰囲気だけで大田区を選んだのです。

今は東京に対して少し詳しくなったので、今これから引越しをするなら別の場所を選ぶかもしれません。 北海道の札幌からの単身引越しだったので、多くの荷物を運ぶことは避けました。 引越しの際の荷物は、大きなボストンバッグ一つだけでした。 大田区の蒲田に借りたアパートは、六畳一間の古いアパートで何も部屋にはありませんでした。

そのため、引越しをしてまず始めたのは家具や布団などの生活用品を揃えることでした。 大田区にはリサイクルショップなども多いため、中古で色々と家具を揃えることができました。 当時は貧乏学生で、経済的な余裕はありませんでしたので非常に助かりました。

引越しすること自体が初めての経験だったので、戸惑うことも多くありました。 引越しして間もなく大学に入学し、友達ができたりすることで東京に馴染んでいくことができました。 大学とアパートが近くにあったので、友達がよく遊びに来ていました。

現在は大学を卒業して就職をしたので、そのアパートから別の街に引越ししました。 今もときどき大田区の蒲田に行く機会がありますが、そのたびに学生時代を思い出します。

東京に単身引越しをしました

地元の田舎から東京に単身引越しを行ないました。 大学に通うための引越しであり慣れない東京に浮かれています。 東京とは、どこか特別意識があり日本の大都会というイメージがあるために、自分もついに東京に来てしまった、というわくわくした感覚があります。 単身引越しは初めてでしたので心細さはありましたね。

しかし実家暮らしに慣れてしまっては自立の妨げになりますし、偏差値の高い学校が東京にあったために東京へ単身引越しをせざるを得なかったのです。 単身引越しなので荷物は少なく、手続きも簡単でした。

東京の人々はクールだと聞いていましたので、単身引越しが完了した後もまだ引越しの挨拶回りには行っていません。 東京の人々は挨拶回りをしても怪訝に思われるかなあ、との心配があるのです。 挨拶回りをしておくと後々暮らしやすくなるとは聞いていましたので、また余裕ができた時にでも勇気を出して回ってみたいですね。

東京において挨拶回りをする事は普通の事か否かも分かりません。地元に住んでいる時は、かなり田舎だったもので知らない人にも挨拶をするのが常識だったのですが、東京において知らない人を見る度に挨拶をしていては、キリがありませんよね。

単身引越しをしてから新しい生活が始まりますが、自立心を持ち、自制心を忘れずにしっかりとした生活を行ないたいです。 私のように大学進学のために田舎から東京に出てきた際に、浮かれてしまい勉強や生活を疎かにしてしまう、という学生も多々存在するようなので真面目に生活をするように心掛けたいです。 単身引越しを切っ掛けに大人になりたいです。

埼玉への単身引越しの経験談

24歳の時に東京都狛江市から埼玉県和光市へ単身引越しました。 大きいものは本棚とテレビとステレオセットくらいでしたが、引越し屋さんの単身引越しパックに申し込み荷物を運んでもらいました。

作業員は二人で車は1.5トンのトラックでした。それ程荷物が少なかったのです。 冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジなどは、両親が量販店に手配してくれて、運んで設置までしてもらいました。 なぜ埼玉県へ単身引越ししたかと申しますと、その時お世話になっていた会社が板橋区成増にあり、狛江から通うより埼玉の東武東上線の方が便利で、しかも東京から一歩埼玉へ入っただけで家賃も駐車場代も安く済む事が分ったからです。

それと、当時付き合っていた彼女が朝霞に住んでいたのでそれも理由の一つでした。 和光市は埼玉ですが板橋区に隣接しているので池袋へ出るにも、車で笹目通りから環八へ出て世田谷方面へ行くにも便利な場所で、大変気に入りました。

私が引っ越して1年ほど経った時友人も東京都中野区から新座市へ単身引越ししてきました。 その時私がお世話になった引越し屋へ掛け合って、紹介という形で安くしてもらい、友人も私と同じく単身引越しパックで引越ししました。

友人は仕事先が新宿だったので、埼玉に住む理由はそれ程ありませんでしたが、家賃を言うと驚くくらいに友人のアパートより広く安く、また物価も東京に較べるとなんでも安いですし、ガソリン代も都内より安いですし、川や緑も多く住むのには本当にいい場所なので強く勧めました。 いつの間にか埼玉へ単身引越しする知り合いが増えて、ほとんど親しい人達は近くに住んでいる状態で何かと便利な状態になりました。